【元興寺の地蔵会 ― 昼は鬼と桔梗、夜は灯明を】

元興寺の地蔵会 ― 昼は鬼と桔梗、夜は灯明を

毎年8月23日、24日。

ならまちにある世界遺産・元興寺では「地蔵会」が行われます。

日が暮れるころ、境内の浮図田(ふとでん)に並ぶ石仏や石塔のまわりには、たくさんの灯明皿が並べられます。

やがて一つ、また一つと火が灯されると、昼間は静かに佇んでいた石仏が、ゆらめく炎の中に浮かび上がります。

華やかなイルミネーションとは少し違う、小さな炎と石仏がつくり出す静かな奈良の夏の夜です。

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元興寺地蔵会。灯明に照らされた浮図田の石仏〉


昼間の浮図田も、ぜひ歩いてみてください

地蔵会というと夜の灯明が印象的ですが、私がおすすめしたいのは、明るいうちにも元興寺を訪ねてみることです。

浮図田には、鎌倉時代から江戸時代にかけての石仏や石塔が数多く集められています。

夏には、その石仏の間に桔梗が咲きます。

長い年月を経た石の色と、鮮やかな紫色の桔梗。

夜の灯明とはまったく違う、夏の浮図田の風景です。

【写真②】
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〈夏の元興寺・浮図田。桔梗の向こうをよく見ると……〉

そして、浮図田を歩くときには、もう一つ探してほしいものがあります。

「鬼」です。


石仏の間に隠れている、かわいい鬼たち

元興寺は「鬼」とも深いゆかりがあります。

『日本霊異記』には、元興寺に現れた鬼と、それを退治した童子にまつわる説話が残されています。

そんな鬼にゆかりのある元興寺。

浮図田をよく見ながら歩いてみると、石仏や石塔の間に、かわいらしい鬼たちが隠れています。

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木の根元に鬼がいる写真です。「探す」という文章との相性が一番良いと思います。

堂々と座っているもの。

物陰からこちらを見ているもの。

中には、思わず笑ってしまうような姿の鬼もいます。

ただし、ここで全部を写真で紹介してしまうのはやめておきましょう。

石仏を眺め、桔梗を楽しみながら、

「どこにいるだろう」

と探すのも、昼間の元興寺の楽しみ方の一つです。

これは現地で見つけた人への「ご褒美」に取っておきたい写真です。


夜になると、同じ場所が灯りに包まれます

そして8月23日、24日の夕刻。

昼間に鬼を探して歩いた浮図田の風景が一変します。

石仏や石塔の足元に並べられた灯明皿に火が入り、その小さな炎が境内の奥へと連なっていきます。

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〈夕闇の浮図田に連なる灯明〉

昼間に見た石仏が、夜になると炎に照らされて闇の中から姿を現す。

できることなら、昼と夜、両方の元興寺を見ていただきたいと思う理由です。


その小さな炎にも、奈良の物語があります

ところで、この灯明皿の小さな炎。

実は、その灯芯にも奈良との深いゆかりがあります。

地蔵会の灯明皿には菜種油が注がれ、灯芯を入れて火を灯します。

奈良県安堵町では、江戸時代中期から「灯芯ひき」が行われてきました。

藺草(いぐさ)の茎から、灯芯となる白い髄を引き出す伝統の技です。

元興寺の地蔵会で使われる灯芯も、安堵町でその技術を守り続けている灯芯保存会から献納されたものです。

地蔵会の法会を前に、灯芯保存会から元興寺へ灯芯が納められます。

何気なく眺めてしまいそうな小さな炎ですが、その芯にも、奈良で長く受け継がれてきた人の技が生きています。

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〈浮図田に並ぶ灯明皿。灯芯には奈良で受け継がれてきた技が息づいています〉

参考:奈良県「灯芯ひき技術」

👉奈良県「灯芯ひき技術」


灯りを支えている人たち

そしてもう一つ。

地蔵会の灯りを見ると、私はその準備に携わる人たちのことを思い出します。

私自身、以前、この灯明を準備するお手伝いをしたことがあります。

浮図田にたくさんの灯明皿を並べる。

そこへ灯芯を入れ、菜種油を注ぎ、一つひとつ火を灯していきます。

もちろん、火をつければ終わりではありません。

灯明が消えていないか、危険はないか。灯りが続く間は、火を見守る人も必要です。

実際にやってみると、なかなか大変な作業です。

そして、さらに困るのが夏の夕立

すべての準備が整い、

「あとは火を灯すだけ」

というところで雨が降ることがあります。

灯明皿の菜種油に雨水が入ってしまえば、また準備をやり直さなければなりません。

夏の奈良の天気ばかりは、人の都合に合わせてくれません。

それでも夕刻には、何事もなかったかのように、たくさんの灯明が浮図田を照らします。

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訪れる人から見れば、美しい夏の夜の風景です。

けれど、その一つひとつの炎の向こうには、灯芯を作る人がいて、灯明皿を並べる人がいて、菜種油を注ぐ人がいて、火を灯し、見守る人がいます。

実際にお手伝いをしたことがあるからでしょうか。

私は地蔵会の灯りを見ると、その風景を支えている人たちのことも思い出します。


昼は鬼と桔梗、夜は灯明を

8月23日、24日の元興寺。

夜の地蔵会だけを訪ねるのももちろん素敵ですが、少し早めにならまちへ来てみてはいかがでしょう。

明るいうちは、浮図田に咲く桔梗を眺めながら、石仏の間に隠れた鬼を探す。

そして日が暮れたら、もう一度浮図田へ。

昼間に歩いた同じ場所が、今度はたくさんの小さな炎に照らされています。

その炎を見たとき、

「この灯芯も奈良で作られたものなんだな」

「この灯りを準備してくれた人たちがいるんだな」

と、ほんの少し思い出していただければ、地蔵会の景色もまた違って見えるかもしれません。

昼は、桔梗と鬼を探して。
夜は、灯明に照らされたお地蔵さんを。

夏の終わりのならまちで、元興寺の二つの表情を楽しんでみてください。