【元興寺と、はり新のある町】

奈良公園から南西へ歩き、猿沢池を越えた先に広がる「ならまち」。
現在は平仮名で「ならまち」と表記されることが多いこの地域は、かつて巨大寺院であった 元興寺 の旧境内に形成された町でした。

当店「はり新」も、その歴史の中にあります。
古くから伝わる話では、この場所には奈良時代、元興寺に関わる「僧坊」が建っていたそうです。

今もならまちを歩くと、その町名に元興寺の痕跡を見ることができます。
何気ない町並みの中に、千年以上前から続く時間が静かに残されています。

実は、当店の庭にも古い礎石が残っています。
曾祖父の頃、その礎石を譲ってほしいと訪ねてきた人物がいたそうです。曾祖父は何度も断ったものの、あまりに熱心に求められるので、どこからか蹲踞を持ってきて、その礎石を隠すように据えたのだとか。

今でも庭には、その名残があります。

世界遺産として知られる現在の元興寺ですが、私どもの世代にとっては、もう少し身近な存在でもありました。
元興寺極楽坊は、夏休みのラジオ体操の場所であり、子どもたちの遊び場でもありました。
観光地というより、地域の日常の中にあるお寺でした。

元興寺の起源は、日本最初の本格寺院とされる「法興寺(飛鳥寺)」にあります。
奈良遷都にともない、その寺院が奈良へ移され、元興寺となりました。

有名な仏像や壮大な伽藍が目を引く寺院と比べると、元興寺の価値は少し分かりにくいかもしれません。
しかし、その静かな境内や町並みの中には、日本仏教の始まりに近い時間が、今も確かに息づいています。

ならまちを歩かれる際には、ぜひ一度、 元興寺 を訪ねてみてください。
そして、その旧境内に広がる町の一角で、ゆっくりと食事の時間を過ごしていただければ嬉しく思います。

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