【大和郡山から、下ツ道をたどって ~豊臣秀長の城下町と奈良の古道~】

2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、豊臣秀長ゆかりの地として大和郡山が注目を集めています。

豊臣秀長は豊臣秀吉の実弟として知られていますが、優れた統治者としても評価され、大和郡山城を拠点に大和国を治めました。

大和郡山を訪れたあと、そのまま奈良公園やならまちへ足を延ばされる方も多いようです。

実は、大和郡山と奈良市を結ぶように、古代から続く一本の道があります。

それが「下ツ道(しもつみち)」です。IMG_8676.jpeg IMG_8623.jpeg


古代から続く下ツ道

下ツ道は、飛鳥と平城京を結んだ古代の官道のひとつです。

奈良盆地には、

  • 上ツ道(かみつみち)
  • 中ツ道(なかつみち)
  • 下ツ道(しもつみち)

という三本の主要な南北道路がありました。

現在でもその道筋は各地に残されており、大和郡山周辺でも古道の面影を感じながら歩くことができます。

私は以前、この下ツ道を歩きながら奈良盆地を巡ったことがあります。

道沿いには環濠集落の風景が残り、古代から近世へと続く人々の暮らしの痕跡を感じることができました。


城下町・大和郡山から奈良へ

豊臣秀長の時代、大和郡山は大和国の中心として栄えました。

その後も城下町として発展し、今も城跡や町並みに往時の面影が残っています。

一方、奈良市側には東大寺や春日大社だけでなく、古くから人々が暮らしてきた「ならまち」があります。

大和郡山から奈良へ向かう道のりは、戦国時代の城下町から、さらに古い奈良の歴史へと遡る旅でもあります。

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上ツ道沿いに残る町家

当店「はり新」は、下ツ道の東側を並行して走る古道「上ツ道」沿いに建っています。

現在の建物は江戸時代中頃の町家で、かつては両替商として使われていました。

豊臣秀長の時代からさらに二百年以上後に建てられた建物ですが、古い道沿いに人々の営みが続いてきたことを今に伝えています。


奈良の歴史を、料理とともに

奈良には、名所旧跡だけでなく、古い道や町並みの中にも歴史が息づいています。

大河ドラマをきっかけに大和郡山を訪れた方も、少し足を延ばして奈良の古道やならまちを歩いてみてはいかがでしょうか。

当店では、奈良の食材を用いた季節の料理や「かみつみち弁当」、ご予約制の飛鳥鍋をご用意しております。

歴史ある町並みの中で、ゆっくりとした時間をお過ごしいただければ幸いです。

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