吉野杉の割箸と箸袋に残る上ツ道の旅情
お料理そのものではありませんが、お客様が必ず手にされるものがあります。
それが、はり新でお出ししている吉野杉の割箸です。
奈良の食材を奈良の町家で味わっていただくなら、箸もまた奈良のものを使いたい。
そんな思いから、当店では長年、吉野杉の割箸を使用しています。
吉野の山から生まれる割箸
吉野は日本を代表する林業地として知られています。
森林は木を植えるだけでは育ちません。
成長に合わせて木を間引く「間伐」を行うことで、残された木が健やかに育ち、美しい山林が保たれます。
当店で使用している割箸も、そうした森林整備の過程で生まれる木材を有効活用して作られています。
かつては
「割箸は森林伐採につながる」
というイメージを持たれることもありました。
しかし国産材の割箸は、山を守り育てる循環の中で生まれる副産物の活用でもあります。
奈良の山で育った木が、奈良の食卓を支える。
当店の割箸も、その小さな循環の一部です。
箸袋に描かれた上ツ道
当店の箸袋には、大和名所図会をもとにした上ツ道の風景が描かれています。
上ツ道は藤原京と平城京を結ぶ古代の幹線道路であり、中世以降も伊勢参宮や大峯詣へ向かう旅人たちが往来した道でした。
馬に荷を積む人。
笠をかぶった旅人。
道中の店先で休む人々。
箸袋に描かれているのは、そんな昔の大和路の風景です。
「かみつみち弁当」という名前も、この上ツ道に由来しています。
箸袋に残る旅の言葉
箸袋の左上には、
花の陰 路に伝える 旅寝かな
という言葉が添えられています。
この言葉については、当店を長年ご利用くださった日本史研究者の方が調査してくださった記録が残っています。
資料によれば、春の大和路を旅する人が、道中の家に宿を借りて一夜を過ごす情景を表したものと考えられるそうです。
花の咲く季節に道を行き、人々の情けに支えられながら旅を続ける。
そんな昔の旅人の心情が感じられる言葉です。
鳥の声を聞きながら故郷を思う
箸袋右側の絵の横には、
鳥声嘖嘖
春色是他郷
という漢文も記されています。
「鳥の声がにぎやかに聞こえ、春の景色は美しい。しかし、ここは故郷ではない。」
おおよそそのような意味に解されます。
同じく、当店を長年ご利用くださった日本史研究者の方の調査記録には、
「鳥の声を聞きながら故郷への思いを深くする」
という解釈が残されていました。
旅人にとって旅は楽しみである一方、故郷を離れる寂しさも伴うものだったのでしょう。
上ツ道を歩いた昔の人々も、春の景色を眺めながら同じような思いを抱いたのかもしれません。
奈良の食材、奈良の木、奈良の道
当店では奈良の食材を大切にしています。
しかし奈良らしさは食材だけではありません。
吉野杉の木。
古代から続く上ツ道。
そして箸袋に描かれた旅人たちの姿。
普段は何気なく手に取る割箸や箸袋にも、奈良の風土や歴史が息づいています。
お料理をお待ちいただくひととき、ぜひ手元の箸袋にも目を向けてみてください。
そこには、今から何百年も前の旅人たちが見た大和路の風景が残されています。


