【強い風が見せる、いつもと違う奈良 ― 風鐸の音と台風のあとの鹿 ―】

強い風が見せる、いつもと違う奈良

秋になると、台風の進路が気になる季節になります。

奈良で長く暮らしている私の感覚では、台風が来るたびに奈良公園の木々が倒れるようなことはありません。

それでも、強い風が吹いた日には、いつもの奈良とは少し違った音や風景に出会うことがあります。

今回は、そんな「風の強い日の奈良」のお話です。

朱雀門から聞こえてきた、不思議な音

以前、風の強い日に平城宮跡を歩いていると、どこからか、

「ゴォ〜ン、ゴォ〜ン」

と、低い音が聞こえてきました。

最初は何の音なのか分かりませんでした。

広々とした平城宮跡で聞いていると、少し不安になるような、何となく気になる音です。

音のする方を見て、それが朱雀門の屋根に吊るされた風鐸(ふうたく)の音だと気づきました。

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    〈平城京跡で再現された朱雀門〉

 

「風鐸」という名前から、風鈴のような涼やかな音を想像されるかもしれません。

しかし、私がそのとき聞いた音はまったく違いました。

もっと重く、低く響く金属音でした。

現在の朱雀門は、かつて平城宮の正門だった朱雀門を復原したものです。間口約25メートル、高さ約20メートルという大きな建物です。

その大きな屋根の風鐸が強い風を受け、広い平城宮跡に音を響かせていたのです。

風が吹いて、初めて音が生まれる

風鐸は寺院の堂塔などの軒先に吊るされてきた、釣鐘形の飾りです。

中には「舌(ぜつ)」と呼ばれる打金があり、その下の「風招(ふうしょう)」が風を受けることで舌が動き、風鐸を鳴らします。

古くから、その音には邪気を払う意味があるとも伝えられてきました。

現代に生きる私でさえ、広い平城宮跡で突然その音を聞き、「何の音だろう」と足を止めました。

まして自然が今よりずっと身近だった奈良時代の人々は、強い風によって堂塔から響いてくるこの音を、どんな気持ちで聞いていたのでしょう。

そんなことを想像してみるのも、奈良の楽しみ方の一つだと思います。

実際、風鐸は日本で非常に古くから使われていました。奈良国立博物館には、飛鳥時代・7世紀のものとされる風鐸も収蔵されています。

興福寺へ行くと、つい軒先を見てしまう

風鐸が気になり始めると、お寺を訪ねても屋根の軒先を見るようになりました。

興福寺でも、東金堂や五重塔、南円堂、北円堂などを見て歩いたことがあります。

そして以前、中金堂が再建された頃には、こんな風鐸を見ることもできました。

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〈色鮮やかな飾りをまとって、まるで新しい中金堂と一緒に風鐸まで「おめかし」をしているようでした。

ちなみに現在の中金堂は、長い再建事業を経て平成30年(2018年)10月に落慶したものです。〉

 

ところが、興福寺の堂塔を見て歩いていて、一つ気になることがありました。

三重塔には、風鐸が見当たりません。

三重塔は治承4年(1180)の焼失後、間もなく再建されたとされ、北円堂とともに現在の興福寺で最も古い建物です。

なぜ三重塔には風鐸がないのでしょう。

私も気になって調べてみましたが、その理由を説明する確かな資料を見つけることはできませんでした。

こんな小さな「なぜ?」を見つけながら歩くのも、奈良のお寺巡りの面白さかもしれません。

そして、強い風が過ぎ去ったあと

風鐸の音とは別に、台風の季節になると思い出す光景があります。

ずいぶん以前、奈良市の近くを強い台風が通過したことがありました。

台風が過ぎたあと奈良公園へ行ってみると、強い風で折れた枝や、たくさんの枝葉が地上まで落ちていました。

そして、そこで少し面白い光景に出会いました。

たくさんの鹿が、一か所に集まっているのです。

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何をしているのだろうと近くで見てみると、鹿たちは落ちてきた木の葉を夢中になって食べていました。

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考えてみれば、鹿にとっては思いがけない出来事だったのでしょう。

昨日まで頭の上にあって、首を伸ばしても届かなかった葉が、強い風によって目の前まで降りてきたのです。

人間から見れば、台風によって折れてしまった枝。

鹿から見れば、

「ご馳走が降りてきた!」

といったところでしょうか。

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大きく折れた枝のそばには、危険を知らせるカラーコーンも置かれていました。

しかし鹿たちは、そんなことはお構いなし。

目の前に現れた新鮮な葉を、一生懸命食べていました。

風が見せてくれる、もう一つの奈良

強い風が吹けば、普段は静かな風鐸が鳴る。

風が過ぎ去ったあとには、普段なら鹿の口が届かない木の葉が地上へ降りてくることもある。

同じ「風」が、朱雀門では音となり、奈良公園では鹿たちに思いがけないご馳走を運んできました。

もちろん、台風は時として大きな被害をもたらすものです。

台風や強風の中、このような光景を見るために出かけることをおすすめするものではありません。

ただ、秋になり台風のニュースを耳にするようになると、私は時々思い出します。

広い平城宮跡に響いていた、朱雀門の「ゴォ〜ン、ゴォ〜ン」という風鐸の音。

そして台風が過ぎた奈良公園で、落ちてきた枝葉を夢中で食べていた鹿たち。

どちらも有名な観光名所を紹介するだけでは伝わらない、長く奈良で暮らす中で出会った、少し珍しい奈良の風景です。


 

※台風や強風時に平城宮跡、奈良公園、寺社などへ出かけることをおすすめする記事ではありません。掲載している鹿の写真は、過去に台風が通過した後に撮影したものです。

※奈良のお寺を訪ねたときには、仏像や建物だけでなく、時には軒先にも目を向けてみてください。風鐸のように、これまで気づかなかったものが見つかるかもしれません。→【奈良観光の合間に】