奈良を訪れたお客様や、新しく働き始めたスタッフから、
「元興寺の何が凄いのですか?」
「なぜ世界遺産になったのですか?」
と尋ねられることがあります。
私は歴史学者ではありません。しかし、元興寺の西側、上ツ道沿いで店を営む立場から見ていると、この寺には他の南都七大寺とは少し違う魅力があるように思います。
飛鳥寺から続く歴史
元興寺の始まりは飛鳥時代の飛鳥寺(法興寺)です。
飛鳥寺は、日本で最初の本格的な仏教寺院ともいわれています。
平城京遷都にともない寺が移され、現在の元興寺となりました。
このため元興寺は、単に奈良時代の寺院ではなく、日本仏教の出発点の一つを受け継ぐ存在でもあります。
元興寺は「ならまち」の原点でもある
現在のならまちは、古い町家が並ぶ人気の散策エリアです。
しかし、もともとは元興寺の広大な寺域でした。
寺勢の衰退とともに寺域は縮小し、その跡地に町が形成されていきます。
現在のならまちの景観は、元興寺の歴史の上に成り立っているとも言えるでしょう。
当店が建つ場所も、その歴史と無関係ではありません。
南都七大寺はそれぞれの道を歩んだ
平安時代以降、南都七大寺は朝廷の保護を失い、それぞれ独自の道を歩むようになります。
東大寺は大仏と広大な伽藍を守り続けました。
興福寺は数多くの優れた仏像を今日まで伝えています。
薬師寺は法話や写経を通じて仏教を伝える活動に力を入れています。
それぞれが時代に応じて、自らの価値を磨いてきたのです。
元興寺が選んだ道
元興寺もまた、決して順風満帆ではありませんでした。
火災などによって大伽藍の多くを失い、一時は廃寺寸前まで衰退した時代もありました。
しかし昭和以降、飛鳥時代の瓦や建築、仏教文化を今に伝える貴重な文化財として、その価値が再評価されます。
私が元興寺を特別だと思う理由はここにあります。
元興寺は単に文化財を所有するだけではなく、それらを調査し、研究し、未来へ伝える活動にも力を注いできました。
その象徴の一つが元興寺文化財研究所です。
文化財を守るためには、信仰だけでなく専門的な知識や技術も必要です。
元興寺は、文化財の保存と研究という分野で独自の役割を果たしてきた寺院だと思います。
私が元興寺に感じる魅力
東大寺には大仏があります。
興福寺には国宝の仏像があります。
薬師寺には魅力的な法話があります。
それぞれに素晴らしい魅力があります。
その中で元興寺の魅力は、千三百年前の文化を静かに守り続けていることではないでしょうか。
飛鳥時代の瓦が今も屋根に残り、その価値を未来へ伝えるための研究が続けられています。
派手さはありませんが、奈良という町の歴史を支える大切な存在です。
元興寺を拝観されたあと、ならまちを歩かれる際には、そんな視点でも寺をご覧いただければと思います。


