【飛鳥資料館―発掘から見えてくる古代の飛鳥】

奈良文化財研究所の「飛鳥資料館」は、明日香村奥山にあります。

奈良盆地を南北に通っていた古道・上ツ道を南へたどり、桜井の安倍付近から山田道へ。山田寺跡を過ぎて飛鳥へ入っていく、その古道沿いに飛鳥資料館があります。

さらに道を進めば、豊浦宮や小墾田宮が営まれた飛鳥の中心部へと続きます。

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〈飛鳥資料館。庭園には飛鳥を代表する石造物の複製も展示されています。〉

 

■ 私の「蘇我氏」の印象を変えた場所

私が初めて飛鳥資料館を訪れたとき、少し戸惑ったことを覚えています。

蘇我氏について詳しく紹介する展示があったからです。

恥ずかしながら、その頃の私には、小学生の頃に学んだ「蘇我氏=悪い豪族」という印象が強く残っていました。

蘇我入鹿が中大兄皇子と中臣鎌足によって倒され、大化の改新へ――。そんな単純な筋書きで飛鳥時代を覚えていたのだと思います。

その後、本屋さんで蘇我氏について書かれた本を手に取り、仏教の受容や寺院造営、政治や外交で果たした役割を知るにつれ、私の見方は少しずつ変わりました。

考えてみれば、当店の目の前にある元興寺の前身は、蘇我馬子が造営に深く関わった飛鳥寺(法興寺)です。

いつの間にか私は、「蘇我氏=悪」と一言で片付けないでほしいな、と思うようになっていました。

いま、もう一度あの展示の前に立てば、初めて訪れたときとは違ったものが見えると思います。

■ 発掘から飛鳥を知る

飛鳥資料館では、奈良文化財研究所による発掘調査の成果を中心に、飛鳥の宮殿や寺院、古墳、石造物などが紹介されています。

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〈庭園に置かれた亀石の複製。飛鳥には、今も用途や意味がはっきり分からない不思議な石造物が残されています。〉

 

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〈猿石の複製。飛鳥の石造物を間近で見比べられるのも、飛鳥資料館の楽しみの一つです。〉

 

館内にも興味深い展示がたくさんあります。

その一つが、飛鳥の水時計「漏刻」です。

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〈水落遺跡の発掘成果などをもとに復元された水時計(漏刻)の模型。飛鳥時代には、水を利用して時を測り、人々に時刻を知らせていました。〉

 

寺院や古墳だけではなく、こうした展示を見ていると、飛鳥がかつて政治の中心であり、新しい技術や制度が取り入れられていた場所だったことを感じます。

■ 資料館を造ろうとしたら、そこからも遺跡が

飛鳥資料館について調べていて、面白いことを知りました。

現在、資料館が建っている場所そのものも遺跡なのです。

資料館建設に先立って行われた発掘調査で、7世紀の建物跡や大規模な石組暗渠などが発見されました。「上ノ井手遺跡」と呼ばれています。

しかも、その遺構を保存するため、すでに進んでいた資料館の設計まで変更されました。

飛鳥の遺跡を紹介する資料館を造ろうと地面を掘ったら、そこからも飛鳥時代の遺構が現れた――。

いかにも飛鳥らしい話だと思います。

■ 山田寺の東回廊に出会う

第二展示室では、山田寺跡の発掘成果が紹介されています。

1982年の発掘調査では、山田寺の東回廊が倒れた状態のまま地中から発見されました。

現在は保存処理された部材を、本来の位置関係に組み直して展示しています。

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〈発掘された実物の建築部材を使って再現された山田寺東回廊。地中で千年以上を過ごした木材には、長い年月をかけて保存処理が施されました。〉

 

長い年月を水分の多い土の中で過ごした木材は、そのまま乾燥させれば変形や崩壊するおそれがあります。そのためPEG(ポリエチレングリコール)を用いた保存処理などが行われました。

私は化学を学んでいたこともあり、この保存処理の説明には特に興味をひかれました。

山田寺跡を訪れても、かつての建物を見ることはできません。

でも、そのあと飛鳥資料館で東回廊の実物を見ると、芝生と礎石だけだった風景の中に、かつての山田寺を少し想像できるようになります。

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〈山田寺の講堂本尊だったと考えられている仏頭の複製。実物は現在、興福寺に伝わる国宝「銅造仏頭」です。

山田寺跡については、別のページで詳しくご紹介しています。【山田寺跡|失われた大寺を想像する】〉

 

■ 飛鳥が好きなら、時間には余裕を

飛鳥資料館は、それほど大きな資料館ではありません。

でも、飛鳥時代が好きな私には、いくら時間があっても足りません。一つひとつ見ていると、3~4時間くらい簡単に過ぎてしまいます。

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〈飛鳥時代や発掘調査に関する資料を閲覧できるスペース。私は、この本棚の前だけでも一日過ごせそうです(笑)。〉

 

■ 資料館を出たら、甘樫丘へ

飛鳥資料館を見学したあと、時間があれば甘樫丘にも登ってみてください。

資料館で知った飛鳥の歴史を頭に置いて丘の上から眺めると、飛鳥寺や飛鳥宮跡などが点在する飛鳥の地形と、それぞれの位置関係が見えてきます。

甘樫丘は、『日本書紀』に蘇我蝦夷・入鹿が邸宅を構えたと記される場所でもあります。

私が初めて飛鳥資料館を訪れた頃と今とでは、ここから見える景色の印象もきっと違うでしょう。

資料館で知り、遺跡を歩き、そしてその土地を眺めてみる。

飛鳥には、建物が残っていない場所がたくさんあります。だからこそ、少し知ってからその場所に立つと、それまで何もないように見えていた風景から、いろいろなものを想像できるようになります。

奈良は、想像力で楽しむ場所。

飛鳥資料館は、その想像を助けてくれる場所の一つだと思います。