【はり新の竿縁天井|天井から見える建物の歴史】

はり新で最も格式の高かった座敷


現在も使われている特別な一室

はり新の建物は、かつて両替商として使われていました。

先代から聞いた話では、現在もお客様にご利用いただいているこの座敷は、当時の建物の中でも最も格式の高い部屋だったそうです。

大切なお客様や、お武家様との商談の際に使われていたと伝えられています。

今ではお食事の席として静かな時間が流れていますが、部屋の造りには往時の面影が残されています。


床の間と竿縁天井

この部屋には床の間が設けられ、その上には古い竿縁天井が残っています。

以前、東北工業大学で建築を研究されていた先生にご覧いただいた際、竿縁の向きについて興味深いお話を伺いました。

先生によれば、床の間に対する竿縁の配置には時代や部屋の性格が反映されることがあり、この部屋の天井は比較的古い形式を伝えている可能性があるとのことでした。

建物の年代を断定できるものではありませんが、天井を見上げることで建物の来歴を想像できるのは、古い建物ならではの楽しみです。


商家にしては立派な座敷

私自身、この話を聞いた時には少し驚きました。

両替商とはいえ、一商家にこれほど格式を意識した座敷が必要だったのだろうか、と。

しかし奈良は古くから寺社や商人、役人など多くの人々が行き交った町です。

両替商には様々な立場のお客様が訪れたことでしょう。

そのような時代背景を思うと、この座敷が特別な役割を担っていたとしても不思議ではないのかもしれません。


建物が残してくれたもの

建物には、時として文書よりも雄弁に歴史を伝える部分があります。

床の間、柱、天井、そして長年使い込まれた木材の色合い。

それらは、この部屋が単なる居間ではなかったことを感じさせてくれます。

詳しいことは分からなくても、先人たちが大切な客人を迎えた空間であったことは想像できます。


天井を見上げてみてください

お料理を待つひととき、もし機会がありましたら少しだけ天井を見上げてみてください。

何気なく見える竿縁や床の間にも、この建物が歩んできた長い時間が刻まれています。

ならまちの歴史は今も使われている建物そのものの中にも残されているのです。

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